佐野元春 / 月と専制君主

月と専制君主(CD+DVD)

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1980年に生まれた僕は、2000年に成人し、2010年に30歳を迎えた。
「21世紀を担うべき存在として、20世紀に生み落とされた、最初の世代」。そんな風に格好つけ過ぎて、もはやうすら寒くさえある程の自意識を持っていた時期も、確かにありました。

1980年にデビューした佐野元春さんは、2000年に20周年、2010年に30周年を迎えた。
そしてひとつ個人的なことをつけ足せば、彼は僕の父と同学年だ。僕の父と同じ時代に生を受け、僕の生まれた年にミュージシャンとして世に出た、それが佐野元春さん。

僕が彼の音楽に初めて触れたのは、1994年のことだったと記憶している。中学の教師の1人が彼の熱狂的ファンで、当時CMソングとしてオンエアされていた「レインガール」が収録されたアルバム「The Circle」(1993年発売)を絶賛していたのがきっかけで手に取った。「レインガール」は疾走感に溢れた、本当に良い曲だと思ったし、聴いてすぐに大好きになった。そして今に至っても、彼の全曲の中でも5本の指に入る、それ程に大好きな曲だ。が、「The Circle」は、当時ビーイング系ヴィジュアル系にうつつを抜かせていた僕の耳には、いささか難解に過ぎた。むしろその次に手に取った前作「sweet16」のポップな疾走感を、先に体験しておきたかったと思った記憶がある。

それから間もなくして音楽好きで自意識過剰な若者としての生活に足を踏み入れていく僕の中で、彼の新作が即効性を持って響いたのは、「The Circle」の次作、1996年発売の「フルーツ」が、最初で最後になる。
しかし、過去の音源を漁っていく中で出会った「アンジェリーナ」「ガラスのジェネレーション」「ヤングブラッズ」「サムデイ」と言った、一般に彼の代表曲とされるそれらには強く感銘を受け、佐野元春さんは僕の中で「過去に素晴らしかったミュージシャン」といった位置付けをされていた。……失礼な話だ。

2004年、佐野元春さんは古巣ソニーから離れ、自主レーベル「デイジーミュージック」から新作「THE SUN」をリリースする。これは本当に、本当に素晴らしい。僕はここで実に8年ぶりに、佐野元春さんの「現在」によって心を揺さぶられた。もはや往時の「ユースの代弁者」としての彼は、其処にはいなかった。そんな必要も無かった。21世紀を生きる大人、佐野元春さんが鳴らした音は、紡いだ言葉は、「21世紀を担う」どころか、大人として地に足を付けることすらままならなかった、そんな24歳の僕の心を強く、本当に強く撃ち抜いた。

続いて2007年にリリースされた「Coyote」を経て、2010年にデビュー30周年を迎えた彼が、そのアニバーサリーイヤー・プロジェクトのラストを飾る作品としてリリースしたのが、リアレンジ・セルフカバー・アルバム「月と専制君主」である。

収録曲の殆どは、かつての彼の代表曲と言われるそれではない。収録曲の殆どは、かつてシングルカットされた曲ですらもない。収録曲の殆どは、かつてそれらの曲に初めて触れた時とは全く違うアレンジが施されて耳に入ってくる。
しかしだからこそ、僕は改めて気付かされるのだ。
彼の曲の殆どは、初めから、「ユースの代弁者」だなんて言葉で括られるようなものでは、決してなかったと言うことに。
彼の曲の殆どは、初めから、20世紀を生き、21世紀を生きる、素敵な大人が歌っていたんだと言うことに。

昨年のサニーデイ・サービスにまつわる文章でも、同じようなことを書いた気もするけれど。

30年という、本当に途方もない月日がもたらすものについて、思いを馳せながら、耳を傾ける。リアルタイムにはギリギリ間に合っていない、決して熱心とは言えないであろう彼のリスナーである僕にも、訴えかける。

彼はかつて「つまらない大人にはなりたくない」と歌い、つまらないクソガキは胸を震わせた。彼はかつて「ぼくは大人になった」と歌い、つまらないクソガキはそれを聴き過ごしていた。

彼は今「つまらない大人にはなりたくない」とも歌わない。彼は今「ぼくは大人になった」とも歌わない。
今の彼が、あえて声を大にして歌うことはない、そう思っているのかな。僕もそう思う。
もしかしたら、ライヴでは歌うのかも知れない。音源にしてまで歌うことはない、そう思っているのかな。僕もそう思う。

本作のラストを飾るのは、僕が彼の音楽に初めて出会った曲、「レインガール」。あの時に感じた疾走感は、リアレンジされた本作ヴァージョンには、無い。だけど僕は、本作ヴァージョンを聴き終えて、もしかしたら、初めてこの曲を聴いた時以上に、胸を震わせた。

ぼくは大人になった。つまらない大人にはなりたくない。
今の僕は、まだ声に出して言おう。

そして。

ぼくは大人になった。彼みたいな大人になれたなら。
今の僕は、素直にこう思うよ。