銀杏BOYZ / 光のなかに立っていてね ・ BEACH

光のなかに立っていてね *初回仕様

光のなかに立っていてね *初回仕様

 
BEACH

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ヨシヒコ、お前と最後に会ったのは、もう何年前になるのかな。ヨシヒコ、お前が僕に教えてくれたミュージシャン、峯田和伸がやっているバンドの、なんと9年ぶりの新譜が出たよ。ヨシヒコ、だけどお前はきっと、この新譜を聴いていないよな。ヨシヒコ、それどころかお前はたぶん、この新譜が出たってこと自体を知らないよな。

 

お前と最後に会った日がいつかなんて、もうはっきりとは思い出せないけど、お前と最初に会った日は、今でもはっきり憶えてるよ。1999年4月1日、僕たちが大学生になった日のことだ。まあ僕たちにとっては、大学生になった日というより、寮生になった日と言った方がしっくりくるけど。わけもわからないままに大部屋にぶち込まれ、深夜どころか朝になってもかわるがわる日本酒片手に訪れてくる先輩方のせいで満足に寝ることさえできなかったあの日、結局最後に僕たちの眠りを妨げてきたのは、僕たち2人の間に寝てたミナミの、とても同い年とは思えないオヤジばりのいびきだったな。

お前が福島から金沢までわざわざ持ってきてた鈴木あみの写真集を、安倍なつみの下敷きをこっそり鞄に忍ばせてた僕が見つけた時、その時に、僕はお前と仲良くなれる気がしたんだよ。2人で話したASAYAN話、懐かしいな。それから話はどう転んだんだろうな、2人ともミッシェル・ガン・エレファントの大ファンだってことがわかったのも、初めて会った数時間後だったな。

僕がお前にブリットポップのバンドを教えた以上に、僕はお前に日本のエモやパンクをたくさん教えてもらったよ。ハイスタンダード、ポットショット、イースタンユースハスキングビー、ブラフマン、全部は思い出せないけど他にもたくさんあったよな。いくつかはもう何年も聴いてないけど、いくつかは今でも聴いてるぞ。

そんなお前が僕に教えてくれたバンドのひとつ、GOING STEADYを初めて聴いたのは、3回生の夏のことだったな。「さくらの唄」。まず、ジャケットが良かったんだよ。サニーデイ・サービスの「東京」に似てるんだもん、その時点でズルい。「まだ見ぬ明日に何があるのか」、帯の文句も良かったよな。この言葉と出会えたのが、2人揃って、留年の崖っぷちで就活なんてまだ見えもしない頃で、ホントに良かったよ。あ、今のは笑うとこだぞ、そこんとこ頼むぞ。

 

その後あえなく留年(しかも2回も)したお前と、奇跡的にストレートで卒業した僕は、僕が就職した年の冬に名古屋で飲んだっけ。その後のカラオケでは当然ゴイステを歌ったな。「BABY BABY」、「銀河鉄道の夜」、あの頃カラオケに行ってこの2曲を歌わなかったことはないんじゃないかって、それくらいよく歌ったな。

おい、ビックリするなよ、あれから10年以上が過ぎてから発表された2枚のアルバムにも、この2曲が入ってるんだぞ。10年以上の年を跨いで同じ曲を収録し続けるミュージシャンなんて、僕は他に知らないよ。お前は誰か知ってるか?

そういえば数年前に、お前が結婚して子供も出来たって聞いたぞ。おいヨシヒコ、僕が教えたブリットポップのバンド、お前はひとつでも憶えてるか? お前が僕に教えてくれたバンドを今も僕が聴いているなんて、お前は知ってるか?

ゴイステを解散させて結成した新バンドのデビューアルバムが出た9年前、聴いて真っ先にお前に超長文の感想メールを送ったのを、僕ははっきり憶えてるぞ。「え? まだやってるの?」ってお前の返事に少しビックリしながらも、まあそれもそうだよなってなぜか納得したのも、僕ははっきり憶えてるぞ。

 

人間は成長するよな。んー、成長って言い方はなんかおこがましいな。言い換えよう。人間は変わるよな。いつまで経っても変わらない、そんな物、ありえないよな。もうあの頃の同回生では、まだ独り身の奴を探す方が難しい、そんな年齢になったな。まあ、僕がそうなんだけど。あ、ここは特に笑うとこじゃないぞ。僕は僕なりに、人生設計ってものについて考えたりもしてるんだぞ。「まだ見ぬ明日に何があるのか」って? 明日は月曜日だ。仕事だ。年度末が見えてきた。ノルマの達成に向けて、今が一番の踏ん張り時だ。家族の生活を背負っているお前は、少なくとも僕よりは真剣にそういうことを考えてるんだろうな。2留までしたのに僕でも名前を知っているような大企業に就職を決めた時に、お前はきっと「まだ見ぬ明日に何があるのか」ってことを真剣に考えたんだろうな。何となく入った今の会社で数年を過ごした後に社会人としてのあれこれを考え出したような僕は、最近ようやくその凄さがわかった気がするよ。

 

人間は変わるよな。峯田和伸は、変わったのかな。9年ぶりの新譜をようやく発表するってニュースと同時に飛び込んできたのが、峯田和伸以外全員のバンド脱退のニュースだぞ。峯田和伸が変わったからそうなったのか、峯田和伸が変わらなかったからそうなったのか。僕にはもう、よくわかんないよ。

9年ぶりの新譜を聴いてみたぞ。ゴイステ時代は言うまでもなく、9年前の時点でも考えられなかったような、ノイズはともかく打ち込みアレンジの曲や、さらにはまるでフリッパーズ・ギターのような曲までも収録されてるんだぞ。しかもそのフリッパーズを思わせる峯田の曲が、アルバムで1、2を争うくらいに素晴らしい曲なんだぞ。かと思えばその一方で、10年以上の年を跨いで収録され続ける曲もあるんだぞ。しかもその収録され続ける曲は、どんどんどんどん生々しくなっていってるように聴こえてくるんだぞ。一体どういうことなんだ。僕にはもう、よくわかんないよ。

 

僕に峯田和伸を教えてくれたヨシヒコ。お前の毎日の生活は、きっと忙しくも充実していることと思う。33歳会社員男性の、お前はまるでロールモデルのような生活を送っていることと思う。だから僕はもう、お前にこのアルバムの感想メールを送るようなことはしない。数年連絡を取っていない旧友に超長文の音楽感想メールを突然送りつけるのが33歳会社員男性としていささか常識に欠けた行動であることを察することができる程度には、9年経って僕も変わった。

だけど何かの機会でまたお前と飲めたら、その時に僕は伝えたい。2枚同発アルバム、それぞれの最終曲で、峯田はこう歌ってるって。2枚同発アルバム、それぞれの最終曲で、「僕たちは世界を変えられない」「まだ見ぬ明日に なにがあるのか僕は知らない」って、峯田はそう歌ってるって。

その言葉を肴に朝まで飲み明かす、そんな時間を作るのも、もう遠くに住んでいて帰る家庭もあるお前にとっては、僕が思ってるよりもずっと難しいことなんだろうと思う。だから、僕がお前に峯田の新譜の感想を伝えられる機会はまあないだろうってこと、僕は薄々気付いてはいるんだよ。だけどさらに薄々ではあるんだけど、僕はいまだに、こう思ってしまったりもしてるんだよ。「まだ見ぬ明日に何があるのか 僕は知らない」って。

 

いつかまた、きっと会おうな、ヨシヒコ。